2017年2月の代表メッセージ

■□ 学校にとっては暴力より「いじめ」が問題 □■

節分です。
春はもうすぐですが、もう少し寒い日が続きそうですね。

さて、沖縄の中学生の暴行動画がネット上に流出し、問題となっています。
撮影場所は校外で、1人が暴行を加え、2人が動画を撮影し、4人に取り囲まれての事件です。
動画は約2分で、1人の生徒が全く抵抗しない男子に殴る蹴るを繰り返す様子が撮影されています。
沖縄タイムスの報道によれば、
「教委は事実関係を調べ、いじめとはみていない。学校側は、加害者とその保護者に指導を行ったと説明している。」とあります。
この報道を受けて批判が殺到しており、この件で、アイティメディア社の「ねとらぼ」編集部は中学校長に取材したとのことで、以下に引用してみます。

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・被害生徒と加害生徒らは小学校時代からの友人関係であり、中学進学後も家族ぐるみでの付き合いが続いていたとのこと。
 一方的ないじめなどに発展したことなどは今回の事案以前には確認されておらず、「文句を言った」「言わない」といったささいなトラブルが原因で暴行へと発展したとみている。
・また校長は、「いじめとはみていない」と報道されていることについて、「いじめとは集団などで長期的に1人を対象に行ういやがらせなどを指し、今回がそれに該当するのかどうかについては難しい。
 友人間のトラブルとみている」と複雑な心境を明かした。
・市教育委員会・指導課を取材したところ、本件については「いじめという認識をもち、対暴力について事実確認及び指導を行っている」とした。
 この事案について沖縄タイムスが「同級生を暴行、動画で拡散 教委『いじめとみていない』」と報じ、本文中で「中学校がある自治体の教委は事実関係を調べ、いじめとはみていない」としたことについては、「私(担当者)の言葉足らずがあるかもしれないが、事実ではない」と否定した。
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この校長の頭のなかにある「いじめ」の定義は、平成18年(2006年)度以前の「継続的である」ことが条件であった時代のものであることがわかります。
「いじめ防止対策推進法」の中で「いじめ」が定義されている現在、教師、ましてや校長が定義を理解していないのは、職務怠慢というべき状況です。
結局、学校長は「いじめではない」と言いたいだけのように聞こえます。

私たちも数多くのいじめ相談を受けておりますが、学校において「いじめでなければ良いんだ」という考え方が増えているように思います。
前述の沖縄の事件は、「いじめ」というよりも「リンチ事件」です。
加害者は、「暴行罪」であり、「傷害罪」に問われて当然ですし、一般的ないじめよりも「悪質」です。

しかし、このように考えるのは、「普通の人」であり、学校は違うようなのです。
実際、暴力を含んだいじめの相談を受けて学校側に解決してもらうようにお願いすると、
「これはいじめではありません。ケンカです」
「これはいじめではありません。暴力です」
「これはいじめではありません。ふざけているだけです」
等々の言葉が返ってきます。
問題を抱えた学校の先生たちにとって不思議なことに、暴力事件や傷害事件よりもいじめは「認めがたい事件」なのです。

なぜ、こんなことになるのでしょうか。
暴力事件や傷害事件が起きた場合は、一般的に、学校の責任を追求されにくい案件だからかもしれません。
マスコミの報道でも、加害者の責任は追及されますが、学校の責任が問われることはあまりありません。
しかし、「いじめ事件」となると日頃の生徒指導や学級経営、アンケートの実施状況など、学校の対応について言及されることになります。
これは「困ったこと」なのでしょう。
しかし、これでは「教師、校長の仕事を果たしている」とは言えないことに先生たちは気付いているのでしょうか。
「事なかれ主義」の考え方を教育の世界から追放しなくてはならないと強く感じています。

先日、出会った教師は、「そもそもいじめに対処する責任が教師にあるのでしょうか。法律には書いてないでしょう」と話していました。
確かに「教育基本法」には明文化されておりませんが、過去の判例において「学校は安全配慮義務を有する」ことが明らかです。
さらに、「いじめ防止対策推進法」には、学校及び学校の教職員の責務として、
「第八条 学校及び学校の教職員は、基本理念にのっとり、当該学校に在籍する児童等の保護者、地域住民、児童相談所その他の関係者との連携を図りつつ、学校全体でいじめの防止及び早期発見に取り組むとともに、当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する責務を有する。」
と記されています。
教師には、法律的にもいじめに対処する責任があるのです。

「教師はいじめに対処しなくていい」という先生がいる一方、「学校でいじめがあれば、それは我々、教師の責任です。いじめは許しません」と話してくださる先生方もいます。
文科省や教育委員会は「いじめではありません」などと責任逃れをする教師ではなく、「いじめは教師の責任だ」と言う先生を育てていただきたいのです。
そのためにも、教師によってまちまちな生徒指導能力に頼るのではなく、どの先生であっても一定の問題解決能力、生徒指導能力を獲得できる教員研修を実施していただきたいと考えます。
教師の自覚と訓練こそ、現代の教育者には不可欠です。

いじめの相談が相次いでいます。
不安に思ったり、疑問に思ったりすることがありましたら、ご遠慮無くご連絡ください。

いじめから子供を守ろう ネットワーク

代表 井澤 一明